これからの高齢社会を一緒に考えてみませんか。

障がい者スポーツで地域づくりを

 最近、いろいろな障害を持った方とお話をする機会が増えてきました。特に障害者スポーツを楽しんでいる障害者やそれをサポートしている方々との交流会に参加すると、「すごい! がんばっているな!」という実感がわいてきます。

 先日、障害を持った方から元気をもらいましたので、そのことについてお話をしましょう。それは、K社が企画した交流会に参加したときのこと。ふと目の前に座った人物が、車いすでヨットレースにチャレンジしている「Ocean’K」でした。

 最初は、車椅子に乗っている人がヨットレースに出ること自体信じられませんでした。「車椅子とヨット」が結びつかなかったのです。「どうやってヨットを操縦するのだろう」「特別なヨットなのだろうか」「ヨットを持つこと自体大変だろうな」など、いろいろなことが頭をよぎりました。

いろいろと話を聞くうちに、 彼は、42歳、高校生の頃にバイク事故で頚椎損傷になり、それから車いす生活をしてきたこと。障害を持ったことを恨まずに、前向きに、いろいろなことにチャレンジをしてきたこと。それが、車の運転免許の取得、1級小型船舶免許の取得につながり、そして、ヨットに出会ったということ。何よりも、プログラマーとして収入を得、自分の好きなヨットを楽しみ、さらに、パラリンピックで世界を目指しているということがわかり、素晴らしいと思いました。彼のプロフィールは、自らのホームページに掲載されていますので、ご覧いただければと思います。

 (プロフィール)
http://www.k-royal.jp/fk/oceansk/profile.html

 多くの障害者の方々は、こんなにアクティブに生活していないかもしれません。脊椎損傷で車いす生活と聞けば、誰が、ヨットレースに出ていることを想像できるでしょうか。外に出るだけでも大変なのに、海のうえで、ヨットを操る姿を誰が想像できるでしょうか。

障害者スポーツの最高峰といえば、パラリンピックがあります。パラリンピックは、戦争で負傷した兵士たちのリハビリとして「手術よりスポーツを」の理念で始まったといわれています。もともと、IOCとは全く関係がなく、オリンピックとは開催地が異なっていましたが、ソウルオリンピック以後、オリンピック開催後に同じ場所でパラリンピックを開催することが義務付けられるようになり、2008年の北京大会からはオリンピック委員会との関係が強くなりました。

「パラリンピック」の名称は、半身の不随(paraplegic)+オリンピック(Olympic)の造語ですが、半身不随者以外も参加するようになったため、1985年から、平行(Parallel)+オリンピック(Olympic)で、「もう一つのオリンピック」と解釈することになったといわれています。

 今年は、北京オリンピックが開催されました。世界で活躍する日本人を見て、多くの人は日本を応援し、スポーツから生まれる様々なシーンを見て感動したことでしょう。一生懸命にポーツする姿に、私たちはどうして涙を流すのでしょうか。

 一方で、プロ野球を見て涙を流す人は、そう多くはいないと思います。「勝ってうれしい」とか「負けて悔しい」とか、いろいろな感情は生まれますが、涙を流すまでの感動は得にくいかも知れませんね。

 でも、障害者スポーツは、見ている人に多くの感動を与えてくれます。片足しかない人が走ったり、足が麻痺している人が水泳で一番をとったり、車いすでテニスやバスケット、バレーボールをしたり、こうした光景は、何かを私たちに投げかけているように思います。

 障害者は、毎日の生活をするだけでも、健常者より大変だと思います。「朝起きて歯を磨く」、「食事をする」、「トイレに行く」、「着替えをする」、「車いすで出かける」、「自動車の運転をする」など、一つひとつの行動が大きなイベントだと思うのです。健常者であれば、無意識にやっていることでも、一生懸命頑張らないとできないと思うのです。

 「できないことを可能にする力とは何だろう」と、いろいろ考えてみました。つまるところ、心の力ではないかと思います。「心のエネルギー」が、普通の人よりも大きいのではないかと・・・。そして、「心のエネルギー」を大きくしているのは、「夢」ではないかと思います。夢を持つと人と持たない人、いつしか人生に大きな違いが出てくるように思いますが、いかがでしょうか。

 障害者スポーツを通して、地域づくりができるといいなと考えているところです。

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